つげ作品の舞台を訪ねて

 前にも書いたように、今回の東北旅行の真の目的?とは、つげ義春作品の舞台を訪ねることであった。


 下北半島まで北上した後、日本海側へ出た私が、まず最初に行ったのが、「リアリズムの宿」の舞台になった青森・鰺ヶ沢
 ここには、舞戸温泉という温泉銭湯風の一軒宿が並ぶ一角があり、おそらくそこが舞台となっているはずなのだが、駅周辺をいくら回っても、そのような場所など見当たらない。仕方なく、駅前で暇そうにしていた老人に聞いてみると、何と数年前に温泉は閉鎖されたと言うではないか・・・・



 鉄道ファンに非常に人気の高い五能線沿いに秋田、山形と南下した私が、次に行ったのは、「もっきり屋の少女」の舞台になった西会津街道の大内宿。
 前日、阿賀川の橋の下で野宿した私が、早朝に訪れると、なるほど確かに「もっきり屋」そのままの藁葺き屋根の集落だ。うれしくなって、その集落がすべて見渡せる神社の前に座って、いつの間にかウトウト眠ってしまった私だが、目が覚めると、目の前に現れたのは観光客の大群であった。



 すっかり興醒めして、次に向かったのが、今回の旅のハイライト、「二岐渓谷」の舞台になった福島・天栄村二岐温泉
 岩瀬湯本温泉のあたりから奥西部林道に入り、ダートを6kmほど走ると、「湯小屋旅館」の看板が現れた。
 階段を降りて、ようやく現れた宿は、20年経っても、つげ義春が「一番貧しそうな僕好みの宿」と言った姿、そのままであった。



 今にも崩れ落ちて来そうなトタン屋根の玄関を開けようと思うが、壊れているのか、開かない。私が四苦八苦していると、ようやく中から、宿のオヤジが出て来た。こ、この顔は・・・・
 そう、そうなのだ。マニアックな話になるが、この湯小屋旅館・主人こそ、「枯野の宿」で、宿の壁に絵を描く旅館の息子、そして「会津の釣り宿」で出てくる、酒好きの主人のモデルになった星卓司さんだったのだ。
 入浴料の500円を支払い、イワナやヤマメが生息するほど美しい鶴沼川の渓流に面した露店風呂、実に年季の入った内風呂にすっかり満足した後、星さんに「枯野の宿」に出てくる壁画を消してしまって、見れないことを残念だと言うと、あっさりとこう答えてくれた。
 「ああ、つげさんのファンね。もうずいぶん、古くなってたからねえ。消したんだよ。」 なんてもったいないことを。つげファンにとっては宝物のようなのに。その代わりに、星さんの新作?「羽鳥湖ノ景」を見せていただいた。



 さらに、星さんは私が着ていた「ねじ式」Tシャツを指差し、こう言うのだ。「面白いTシャツだな。」「えっ?これは、つげさんの代表作ですよ。」「ああ、そうなの。」 この無関心さがいいところなのだろうが、また次に訪れる時まで、潰れないで欲しいものである。


 *参考文献「つげ義春を旅する」(ちくま文庫